御巣鷹山 慰霊登山 2013年8月12日

 JAL123便の事故から28年後の 御巣鷹山の尾根(群馬県上野村)へ慰霊登山に行きました


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 おすたか 登山日記

御巣鷹山 (群馬県上野村)へ慰霊登山に行きました


8:40am

につきましたが、8月12日はもう駐車場が満車だったので、山道沿いに駐車しました
 (村の方々が誘導して下さいますので指示に従ってください)

トイレもあり お観音様もいらっしゃいました 


そこからさらに車で5分ほど登ると、
登山口
です↓(標高1350m)

私は、水分補給をして いよいよ登山です




ここは車が10台ほどしか止めれません (車7台バス4台くらい)

そしてここが登山道入り口です

普段はここまで車で登り ここから徒歩で登山します


8月12日は特別な日です

ここ「上の駐車場」には救護テントと
整体のボランティアさんのテントがありました

「下の駐車場」と「上の駐車場」の間はジャンボタクシーでピストン送迎していただきました


登山口に
「藤岡の小学生が毎年メッセージを書いてくれた杖」がたくさんあります(常備)
これをお借りして登ると楽です



登山口にある看板
登山口から昇魂の碑まで 高低差180m  の道のりです




 osutakayama
御巣鷹山の案内図 → 登山してしばらくしたところにある[すげの沢のささやき碑]わきの黒い箱の中にあります





手すりや足場が整備されています




尾根です 昔はよじ登ったであろう急な斜面に Zに細い道ができてて ジグザグ少しずつ登ります
当時はここをよじ登ったのだと思います

 


この日は特別に、中腹に休憩テントがありました トイレ(常設)もありました

航空業界への就職を志望する
東洋大の学生さんがボランティア として休憩用テントを張り 
お茶などを出して下さいました 

この時点で私はもう息が上がって 汗びっしょりでした
お茶をいただきベンチに座り休憩しました 有り難かったです

またここでお花をいただきました
毎年
群馬のボランティアさんが心をこめて作ってくださいます 








 
登山口から約45分 ようやく「昇魂の碑」に辿り着きました(標高1530m)
この日は報道陣がいっぱい 空には取材ヘリも飛んでいました



今年は遺族代表として お孫さんにあたる方がご挨拶されました

高崎アコーディオンサークル ふじおか.おすたかふれあいの会 群馬ほほえみオカリナ倶楽部の皆さんの演奏と共に シャボン玉を飛ばして亡くなった方のご冥福と空の安全を祈りました 

私も「安全の鐘」を鳴らし、「昇魂の碑」に献花し お参りさせていただきました


「昇魂之碑」に風車


ここがわずかな平地で 見下ろすとこの右も左も急な斜面です
山でなく「尾根」と表現する意味がようやく分かった気がしました

この登山口までも 28年前はどうやってたどり着いたのだろう
この尾根をどうやってよじ登ったのだろうか
どんな思いでご遺族はここまで。。。

そして、最初に救助捜索にあたった地元上野村の消防団の方々のご苦労はどれほどのものだったのか

よくぞここまでたどり着いた....










美谷島健ちゃんの墓標の前で 健ちゃんのご家族、健ちゃんのかわいい姪っ子甥っ子さんたちと一緒に 


藤岡アコーディオンサークルの方が「ドラえもん」を演奏してくださいました
私も大きな声で歌いました

健ちゃんはきっと 健ちゃんのご家族がこうしてお元気に繁栄されていく事を何よりも喜んでくれているに違いないと思いました

こうして残されたご遺族が、前を向いて生き、元気に毎年お参りする事が、何よりの供養になるのだろうなと思いました


健ちゃんの墓標前の山の風景



あえて書かせていただきます

健ちゃん ご両親が「健やかに」と願い名付け 大切に育てられた
わずか9歳のお坊ちゃんの命がここで終わりました

可愛い息子をこのような形で突然亡くされたご両親の悲しみは どれほどのものか。。。



520名の大切な かけがえのない一人一人の人生が ここで終わってしまいました

そのお一人お一人に 家族がいて 友人がいて 同僚がいて 社会があって。。。
一人の周りにたくさんの人がいて 社会があって 人生がある
その人生がみんな壊され 狂ってしまいました

その多くの人々の悲しみを もう一度「もしも自分の家族だったら。。。」と 考えてみてください









墓標に手を合わせると 足元にもまた無数の墓標がある。。。

細い道を 墓標の間を歩きます


私と同世代の墓標もたくさんありました

幼い子供の墓標 私の息子と同じ年の青年の墓標。。。


どうして、何故ここで人生を終わらせなくてはならなかったのか。。。


お気の毒で。。。お気の毒で。。。「おかわいそうに。。。」という言葉しか出てきませんでした


一つの墓標に 家族4人の名前が書いてあるものもありました

ご一家が亡くなられたおうちは どなたがご慰霊に来てくださるのだろうか。。。

大変悲しく 残酷な現実です


一つ一つに手を合わせることしかできません。。。

なるべく多くの墓標にお参りできるように 上へ下へと歩きました








たくさんの墓標の間を歩きました


ここは28年前のあの日のままです

「もっと生きたかった。。。」 520名の心の叫びが聞こえてくるようでした



スゲノ沢方面へ下っているところ

ゆるやかな坂もあれば 急な段差もありますが 安全なようにと
人口の階段が備えてあるところもありました

足元の危なそうな所は、手すりもありました






樹木の枝木が丁寧に切られ どの樹もまっすぐに伸びています

1本1本 天に向かって 手を合わせてるかのようでした


歩道には落ちた枝も無く 安全に歩けるよう心尽くして整備されている事が分かります

山深いこの御巣鷹の尾根が、このようにきれいに整備されているのは
管理人さんのお陰です

管理人の黒澤さんは、冬の間豪雪で折れ落ちた樹木の枝等を拾い集め 
4月の開山時までに歩道を整備してくださいます

思い出の品を集めた小屋やたくさんの墓標の一つ一つを丁寧に管理して守ってくださっています


黒澤さんは毎年 この時刻に登山された他のご遺族とともに
昇魂の碑の前で18:56を迎えてます

動画 http://www.youtube.com/watch?v=IkBJ1u8emss&list=FL8VTXfeYGAaIip_A94sFT2g&index=15





墓標にはカメラを向けれませんでした


山中はほぼ日陰で8月でも涼しかったです

酸素が薄いと感じる事はありませんでした

ひと休みすると、登山時の汗が冷えて寒く感じる事もありました

滑りそうな足もとの悪いところもありませんでした (雨の日は注意)



14:30 下山 

上の駐車場着 
下の駐車場までジャンボタクシーで送ってもらい 
おトイレ休憩して、自家用車で一路
へ向かいました






墓標の一つ一つにお参りしてたらすっかり時間が経っていました

山中ではスポーツドリンクや飲むゼリー等食べで途中休憩しました 

もちろんゴミは全部持ち帰ります



日帰り温泉 
下山後の疲れを癒してくれます



4月の開山と共にたくさんのご遺族が慰霊登山されてます(1カ月間にのべ700名の報道もあります)

8月12日報道発表の数を見ると、ご遺族家族数は意外と少ないなと感じるかもしれませんが
マスコミがたくさんいるから、日航職員が居るから。。。等の理由で 
あえてこの日を避けて登山されているご遺族も多いと思います






できれば、ご遺族以外の方は8月12日はご遠慮された方がよいと思います

その日はとても混みあいますし 報道陣も大勢いますので
一般の方は8月12日以外の日に登山される事をおすすめします